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厭世書生の読書日記

主にSF、海外文学

オラクル・ナイト/ポール・オースター

 

オラクル・ナイト (新潮文庫)

オラクル・ナイト (新潮文庫)

 
オラクル・ナイト

オラクル・ナイト

 

 

医者も見捨てるような大怪我を負った作家の主人公は奇跡の回復を遂げ、リハビリを兼ねた散歩がてら『ペーパーパレス』というオープンしたての文具店である青いノートを手にする。外国製というだけでなんの変哲もないノートだが主人公はそのノートの魅力に取りつかれ退院後初の小説をそのノートに書くようになる。日常は作中の小説と奇妙な並走、平行の関係にあり袋小路な真実を露呈させていく。

『オラクル・ナイト』は本書の題名だけではない。実は主人公が執筆している小説の中に登場する小説の題名である。作中の作品群は奇妙に呼応し読者に奇妙な言葉の世界の鱗片を見せる。物語の中の物語の中の物語というふうに今作を含め内包する小説群は特異な構造を呈する。類似した内容は意匠を同じくした組み木細工の入れ子構造、マトリョーシカのようでもある。また時として現実と並走しうるパラレルワールドのような働きもする。随分とトリッキーな引用方法だ。

やはり彼(オースター)の文章を綴る技巧の上手さには毎回驚かされるばかりだ。天性のストーリーテラーである。内容が類似しているものが多く、一辺倒だと言われがちな小説家ではあるが毎回毎回読ませる作品に仕上がっている。私もオースターにぞっこんだ。

最近はスリップストリームの筆頭として数えられることの多い、ポール・オースタースリップストリームと言っても幅が広く、概してスリップストリームと称される作品はつかみどころのな無いものが多い。語りつくせぬ魅力を持つジャンルの小説ではあるが、あえて彼のスリップストリームを論じ、一言で言い表すならば発見感ではないかと思う。彼の物語を読むと奇妙な手ごたえ、感覚を覚える。常人や日常を生きる人々には到底焦点を当てられぬ(あるいは気づきもしない)角度、事物、現象にスポットライトが当たる。歩きなれた街道から普段歩かない脇道を歩いた時に見つかる美しい景色、謎めいた店、変わった意匠の看板。そういった類の発見感だ。オースターの描く発見感は都会的なシックさ、洒落た陰鬱をもって私たちに得も言われぬ酩酊感を与えてくれる。

J・G・バラード短編全集2 (歌う彫刻)/J・G・バラード

 

 

短編とは言え18編も詰め込まれているので中々に読み応えがあるがそのどれもに鬼才バラードの才能が遺憾なしに発揮されてる魅力的な短編集に仕上がっている。

バラード特有のオブセッション的構成要素は長編“終末三部作”『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』などバラード作品を読み解く上での重要なファクターとなるが、この短編二巻ではうまい具合にこれらをさらってくれているように思われる。長編の互換性を持つような短編も多数収録されているので、長編を既読の方には既視感ならね既読感を持って本作をお読みいただける事だろうと思う。バラードを読んだことのない方でも本作でバラードという作家の雰囲気を感じとることが出来るだろう。初心者にも良し、バラード熟読者にも良し。気軽に手を出してほしい。

個々の魅力はどれも個性的でまさにニューウェーブアソートとでも言うべきだろうか?抽象絵画めいた一品から狂騒コメディー、社会示唆じみた作品まで。バラエティーに富んだ傑作短編だと言わせてもらおう。多岐にわたるバラードの造詣深さには感服するばかりだ。空疎な絵空事には終わらないバラードの力作揃いである。買わない手はないぞ!

ザ・ロード/コーマック・マッカーシー

 

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

 
ザ・ロード

ザ・ロード

 

 

太陽を霞ませる濁った大気。灰と黒ずんだ雪を降らす空。汚濁のあぶくを打ち寄せる不浄な海。異常気象、核戦争の爪痕だろうか?世界に何が起こったというのだろう。人々は徐々に飢えはじめ、獣のように生を渇望するようになった。人肉を糧としどんな犯罪も厭わない〈悪い者〉が生れたのだ。

主人公とその幼い息子は寒さを逃れるため南を目指す。住民のいない廃屋や誰もいない店から食べ物や道具を調達し、僅かな食べ物を糧として道なき道をひたすらに歩く。自らを〈善い者〉として。

 

作中からは汚濁と腐臭のにおいの立ち込めるような退廃と尊き父子愛が両立している。『蠅の王』とはまた違ったテイストだ。父は子を守る。たとえ〈悪い者〉の脳髄を打ち抜いても。こんな状況でも彼にとって少年は荒涼とした大地の唯一の天使なのだ。自身の命が蝕まれても子を命をとして守ろうとする。少年は純真な天使そのものである。凄惨な世界の退廃の中にあっても〈善い者〉であろうとする。


作中に度々挿入される父と子の不安や慰めの会話は静謐な感動とともに私たちの心にこだまし、静かに私達の心を揺さぶる。退廃の中にある尊い愛を描く傑作。

氷/アンナ・カヴァン

 

氷 (ちくま文庫)

氷 (ちくま文庫)

 
氷

 
氷 (1985年) (サンリオSF文庫)

氷 (1985年) (サンリオSF文庫)

 

 

氷壁が世界を覆い尽くそうとしている。氷とは一体なんだ?冷たい孤独のメタか鋭い暴力かそれとも「私」の心象であるのか。それは「少女」を追いつめ、凍てつく結晶に閉じ込めんとする支配?

「私」は盲目的に「少女」を愛し追い求める。それはそれは猟奇的な程に。内向的で氷のような儚さを内包する美しきアルビノの乙女「少女」。彼女を謎めいた青き瞳の支配力で支配しようとする「長官」。「私」と「長官」は合わせ鏡のような存在で同一人物かもしれないし違うかもしれない。この物語において人物すら確実性を持たない。存在は揺らぎ、時として同調する。

各登場人物は著者から抽出されたファクターが人格化された象徴の存在であるかもしれないと私は思う。不安や孤独、支配、抑圧。作家カヴァンの心象こそが作品『氷』なのではと。

カヴァンは幼少の頃より母から強い支配を受けてきた。「少女」もそうである。彼女もまた母親から、「私」や「長官」から支配される。
また、カヴァンは重度のヘロイン中毒作家でもあった。二度の離婚と自殺未遂。結局ヘロインの過剰摂取による心臓発作で死を遂げる。客観的に見てもとてもじゃないが幸せとは思えない。他作品にもみられる傾向だが、やはりカヴァンには暗く重い孤独や寂寥が満ちている。

こういった背景から見てもやはり『氷』はカヴァン自身の投影と見るのは間違っていないと思う。彼女は自身の絶望・不安を形而上文学の中に託し昇華させたのだ。私小説より抽象的かつ、よっぽど彼女自身を表す。故にこの物語に解は無く不可解かつ壮麗。一人の人生を読み解くのには無理があるというものだ。

この美しき絶望は耐え難い。

むずかしい年ごろ/アンナ・スタロビネツ

 

むずかしい年ごろ

むずかしい年ごろ

 

 

 ロシア人ホラー作家アンナ・スタロビネツの邦訳初作品の短編『むずかしい年ごろ』。日常の隙間に入り込む得も言われぬ恐怖と幻想を驚くべき筆致と実験的な手法で描き上げた背筋も凍るようなホラー、終末世界、不条理文学。どれも個性的で奇妙な作品が詰め込まれた“幻想アソート”とでも言うべき魅力的な作品群。いまアツい作家の意欲作。ぜひぜひどうぞ。

以下は収録された作品のあらすじとかです。気に入ったらぜひ手に取ってみてください。

表題作『むずかしい年ごろ』
 6歳の双子の兄はある日中耳炎を患ってからというもの暴力的になったり、引きこもってしまったりと性格に変調をきたすようになる。果てには寝具に蟲や腐った食べ物を貯食したりと奇行をし始める。体を蟻に侵され乗っ取られようとしているのだ。蟻の生存戦略の魔の手はやがて双子の妹や母にも襲い掛かり…。蟻に乗っ取られるという悪夢的な恐怖とある種のシュールさを日記や叙事形体を使い分け描く奇抜な実験的文体の傑作。

『生者たち』
 革命と呼ばれる戦争が勃発し生き残った生者は人造人間を購入する。主人公も革命で失った恋人を完璧に模造した人造人間を工場に発注するが、欺瞞に満ちた模造品の恋人との生活の果てに主人公は…。いわゆるディストピア物。

『家族』
 主人公は列車の中で目覚めるが降りた駅は自分の見知った駅ではなく別物、世界も別物。自分を証明するものは何もなく、見知らぬ人物達が彼の“家族”となっている。別物の世界でも順応し、職を営み、知らない妻を愛すが…。別世界に行ってしまうディック的小説。

『エージェント』
 なんの特徴もない地味で平凡な脚本家の男は謎の会社に就職する。クライアントのオーダーを受け脚本を執筆する。オーダーと言ってもそれは、人生、殺害等さまざまで筋書通り脚本を書くのだ。男は順当に職務を全うするが、ある日顔面の半分を負傷した醜悪なクライアントから憎悪に満ち溢れた脚本を依頼される。男とクライアントの奇妙な邂逅。

『隙間』
 男は自分の娘から奇妙な警告を受ける。偶数回ドアを開けてしまうとそれはもう大変なことが起こるらしい、男は子供の言うことと思って真に受けないが…。

『ルール』
 少年はあるルールに縛られている。道路の亀裂を踏まない、床の十字を必ず踏む、夜のうちに動いたと感じた物を元の位置に戻すなど。子供にありがちな遊びのルールだが、守らねば少年は何やら恐ろしいことが起こるのではと気が気ではない。幼稚な妄想に支配されているだけだろうか?

『ヤーシャの永遠』
 主人公のヤーシャは文字通り心臓が止まり、死ぬ。しかし、何故か動き続けることが出来てしまう。医者はご愁傷様と伝え、妻は故人からアパートメントを相続しようと躍起になる。死んでいるのに動き続けるというシュールで不条理な作品。

『私は待っている』
 一人暮らしの『私』は母に作ってもらった料理を腐らせてしまったが、何を思ったかそのまま放っておく。すると鍋から美しい恋人が生れるのだ。ごみを愛する性的倒錯者の異常性癖。

百年の孤独/ガブリエル・ガルシア=マルケス

 

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

 

 

南米の架空の町『マコンド村』の開拓者の一員、ブエンディア家の奇妙な百年の歴史。

超人的なジプシー「メルキアデス」にもたらされるにわかには信じられない文明。

錬金術や発明に取りつかれた男。情愛と淪落の破滅。殺戮の夢幻。


奇妙な事象がさも現実のように語られる。

チョコレートを飲んで空を飛んだりする神父。

姿を見せるだけで相手を籠絡し死へ至らしめる美しき娘、

そして何故かその娘は突然昇天してしまう。

摩訶不思議にも程がある。

日常と非日常の境界がぼやけ、物語に不思議と調和をもたらす。

この一家の歴史は止めようのない歯車であること、また、軸が容赦なく徐々に摩滅していくことが無ければ、永遠に回転し続ける歯車であることを知っていた。

作中のこの言葉の通り孤独と惨劇の円環の歴史に囚われた一家は約百年の孤独をもって、メルキアデスの残した羊皮紙の暗号通り、最後の悲劇を終わりの符号として物語は幕を閉じてしまう。

 

本書を読んで重厚な、今までにない手ごたえを感じることが出来た。恥ずかしながら私は今まで南米文学というものに手を出したことが無く、本書はまさしく未知の領域だった。目新しさと共に純粋かつ重厚な文学と出会えたことを嬉しく思う。既読のジャンルにない不思議な読後感のある貴重な読書体験となった。

スターメイカー/オラフ・ステープルドン

 

スターメイカー

スターメイカー

 

  想像力の眼で宇宙を駆ける観測者の話。主人公は純粋な精神と化し、至高の創造主スターメイカーを求め旅立つ、いわゆるヴィジョン巡礼という類の小説。

 私は初めてこの小説を読み、感じたのはある種の法悦だ。想像力の飛翔は読者を無我の境地へ誘い、宇宙の神秘の鱗片を見せる。心を囚われる壮麗なヴィジョンがそこにある。俯瞰視点の壮大な宇宙観と体系の美、心をときめかさずにはいられない。宇宙系のSFが好きな人に絶対おすすめ。

 宇宙描写の美もさることながらこの本には地に足のついた魅力がある。想像力の旅の道中出会う奇妙に人間にとても類似した社会、文化の興亡。著者は哲学者だそうで、こういった文化観、社会観においても卓越した考察がなされている。ありきたりな宇宙探索SFとは一線を画す本だ。

 繰り返しこの本を読み続けてきているが、今だ飽きず愛読できている。もはや私のユニバースバイブルと言っても過言ではない。SFと哲学、民俗学?などの融合を宇宙的なスケールで成した傑作だと思う。復刊したものの、また品薄状態が続き価格は高騰中であるが、価値のある作品だ。高い金払っても読むことを強く強く薦める。